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· 英語読書会

英語読書会(2017年3月)

2017年3月の英語読書会では、Selma Lagerlöfの「Jerusalem Book Two “Karin, Daughter Of Ingmar”」の第4話~第5話を勉強しました。

次回は第2日曜日の4月9日(日)14時~16時「Jerusalem Book Two “In Zion”」を読みます。

都合により第1日曜日から変更になりますので、お間違えの無いように。

ハルバーがイングマールの時計を受け取って以来、彼の店はいつも人で込み合っていた。教区の農夫たちは町に来ると、大イングマールの時計の物語を聞きにハルバーの店にやってくるのだ。長く白い毛皮のコートに身を包んだ農夫たちは、その時間になるとカウンターの周りに集まり、その荘厳な深く皺に刻まれた顔で、語り掛けるハルバーの顔に見入るのだった。そして、その場面になると彼はその時計を取り出し、へこんだケースや、壊れた表面を見せるのだ。

それを見て農夫たちは、「ほう、ここに当たったのかね。」と言うのだった。それはあたかも、大イングマールが怪我をした時の様子を目の前に見ているようであった。「あんたがこの時計を貰ったってことは素晴らしいことだね、ハルバーさん。」ハルバーはその時計を人に見せるときも、鎖をしっかり握って決して手を離すことはなかった。ある時、いつものように農夫たちに話していた。そして、クライマックスにはもちろん時計が出された。それが人の手から手に渡されていくとき、誰もが畏敬の念で静かにそれを見つめるのだった。ハルバーはもちろん鎖から手を離さなかった。ちょうどその時、イーロフが店に入ってきた。しかし、だれもが時計に見とれていたので、彼が来たことに誰も気が付かなかった。イーロフも、義父の時計の話を聞いていたので、そこで何が起きているのかすぐに察した。彼はその贈り物のことでハルバーをうらやましく思ったことはなかった。彼は単にハルバーの様子とか、その周りに集まって、ただの古い壊れた銀時計を、荘厳な面持ちで見つめる人々の姿が面白いと思っただけだ。

イーロフはこっそり人込みの後ろに近づき、手を伸ばし、ハルバーの時計をひったくった。それはほんの冗談のつもりであった。ハルバーがそれを奪い返そうとしたとき、イーロフは後ろに下がって、それを犬に餌を見せつけるように高く上げた。それを見て、ハルバーはカウンターを飛び越えて出てきた。彼がひどく怒っている様子を見て、イーロフはびっくりした。そして、おとなしく時計を返さないで、ドアの方に走った。

外の階段はひどく腐ったところがあった。イーロフは階段の穴の開いたところに足をとられてひっくり返った。ハルバーはその上にのしかかり、時計を奪い返し、彼を数回蹴とばした。イーロフは言った。「お願いだからもう蹴るのはやめてくれ。背中が痛くてたまらないんだ。ちょっと見てくれないか。」ハルバーはすぐに蹴るのを止めたが、イーロフは起き上がることができなかった。「助けてくれ。」「もう酔いは醒めただろう。自分で何とかしろよ。」「俺は酔っぱらってなんかいない。」イーロフは反論した。「実は、俺が階段を駆け下りようとしたとき、強イングマールが俺の方に向かってきて時計を取り返そうとしたんだ。それであんなみっともない格好で落ちてしまったんだ。」ハルバーはかがみ込んで、みじめな男を抱え上げた。彼の背骨は折れていたのだ。彼はイーロフを荷馬車に乗せて家に送った。以後、彼は二度と自分の足で立つことはできないだろう。それ以来イーロフは哀れな不具者としてベッドで寝たきりになった。しかし、口は利けたので、一日中ブランデーを要求して騒いだ。医者は彼が飲みすぎて死んでしまうようなことがないよう、決して酒を与えるなとカーリンに言い聞かせた。するとイーロフは酒を手に入れたいために、特に夜になると叫び声をあげたり、ガタガタとひどい音を発て、狂人のようにふるまってみんなの休息を邪魔した。

その年は、カーリンにとって最も試練の年であった。夫は時には耐えられないほど彼女を苦しめた。家の中は、汚い言葉や、罰当たりな言葉が飛び交って、まるで地獄のようであった。カーリンはストームに、休日も小イングマールを預かってほしいとお願いした。彼女はクリスマスの休暇さえも、1日たりとも弟を家に帰したくないと思った。

イングマール農場の使用人たちは、みな遠い親戚関係にあって、いつも一緒に暮らしていた。彼らはイングマールソンの者であるという誇りを持っていたので、このような状態下で仕事を続けることには耐えられなかった。彼等にも静かに休息をとることが許されているほんのわずかな休日の夜があったのだが、イーロフは次から次へと新しい要求を言いつけ、使用人たちやカーリンに苦しみを与えた。

カーリンはこのようなみじめな生活の中、冬を越し、夏を過ごし、また冬がやってきた。カーリンには、一人で考えをまとめるための避難場所かあった。ホップガーデンの裏手にベンチがおいてあり、カーリンは一人でその椅子に座り、頬杖をついて、ただぼんやりと前を見ていた。彼女の前には広大なトウモロコシ畑が広がり、その向こうには森があり、さらに遠くには丘陵とクラック山があった。ある4月の夕方、彼女は、春先の、雪が解け始めてぐしゃぐしゃになり、地表がまだ春の雨で洗い流されない季節に良く感じる、疲れて憂鬱な気持ちでベンチに座っていた。ホップの芽はまだモミの木の粗朶の下で眠っている。丘の上は濃い霧に包まれており、そんなときはいつも雪解けが始まるのだ。白樺の木の梢は茶色に変わりつつあるが、森の麓はまだ深い雪で覆われている。春はもう本当にすぐそこまで来ている。しかし、それを思う時カーリンはますます憂鬱になるのだった。彼女は、今年の夏は去年のようには過ごせないのではないかと、とても心配だった。彼女は、これからやらなければならないいろいろな仕事のこと・・・種まきの事、干し草造りの事、野焼きの事、春の大掃除の事、機織りの事、裁縫の事などなど・・・を思った。そして、これまでよくやってきたものだと不思議に思うのだった。「もう死んだ方がましだわ。」カーリンはため息をついた。「私がここで生きている目的は、ただイーロフが酒におぼれて死んでしまわないためだけだ。」

ふと彼女は誰かに呼ばれたような気がして目を上げた。ハルバーは、生垣に寄り添って、まっすぐ彼女を見つめていた。彼がいつの間に来たのか、カーリンは気が付かなかったが、明らかに彼はかなり長い時間そこにいた。ハルバーは言った。「ここに来れば必ず君に会えると思っていたよ。」「あら、そう。」「君は昔、よく一人でいたいとき、ここにきて座って思いにふけっていたのを覚えているよ。」「あの頃はそれほど悩むことが、いっぱいあったわけじゃないわよ。」「それじゃ、君のトラブルはおおむねみんな思い過ごしだったんじゃないかい。」カーリンはハルバーを見て思った。「彼は私が彼と結婚しなかったことを、なんて馬鹿なことをしたものだと思っているに違いない。彼はこんなにハンサムで気品があるじゃないの。今、こんな風になったことで、私を笑いものにしようとしてここに来たんだわ。」ハルバーは明かした。「僕はイーロフと会って話してきたんだ。僕は本当に彼に会いたかったんだ。」カーリンは返事をせず、身を固くしてそこに座っていた。地面を見つめ、腕を組んで、ハルバーがどんなあざけりの言葉を自分に浴びせるのかを思い、それに耐える心づもりをしていた。

「僕は彼に言ったんだ。今度のことは僕の所で起きたことだから、僕が責任取らなくちゃいけないと思っているんだ。」彼は、彼女がこの意見に賛成するか反対するか様子を見るかのように、ちょっと間を置いた。しかし、カーリンは沈黙を続けた。「だから、僕は彼にしばらく家に来て一緒に住まないかと提案したんだ。そうすれば何かが変わるかもしれない。少なくともここに居るよりは、たくさんの人に会うことができる。」カーリンは目を上げたが、それ以上は動かなかった。「明日の朝、彼を呼びに来るように手配したよ。たぶん彼は来ると思うよ。なぜなら、家にくれば酒が手に入るから。だけどカーリン、そんなことは問題じゃないんだよ。実際君といるより、僕といる方が面倒がないと思うんだ。明日、彼を待っているよ。彼には店の奥の部屋を用意してあるよ。そして、彼には店に来る人が見えるように、ドアを開けたままにしておくことを約束するよ。」

ハルバーの申し出にカーリンは、初めそれは彼の本当の気持ちではないのではないかと疑っていた。彼は、ただ彼女の金と、良好な人間関係が欲しい為に機嫌を取っているのではないかと思っていた。彼が本当に彼女のことを愛しているなんて考えもつかなかったのだ。しかしだんだん、彼は真剣であることが分かってきた。彼女は自分自身のことを、男に好かれるようなタイプの女性だとは思っていなかった。だから、ハルバーも、イーロフも愛することができなかった。しかし今、ハルバーは彼女が困っているところに来て、彼女を助けてくれようとしている、その男の偉大さに圧倒されたのだ。彼女は、彼がそんなにも親切になれることに驚いた。そして、こんな風に来て、助けてくれるのだから、少しは彼女のことが好きなのに違いないと感じた。

カーリンの心は激しく、切なく揺れた。彼女は何か今まで経験したことのないことに目覚め、それは何なんだろうと思いめぐらした。その時突然、彼女はハルバーの優しい気持ちが彼女の凍り付いた心を溶かし、彼女の心の中に愛の炎が燃え始めるのを感じた。ハルバーはカーリンに反対されるのではないかと思いつつ、彼の計画について語り始めた。「イーロフだって、このままではつらいんだ。状況を変えなくちゃいけないんだ。そうすれば、彼も君を煩わせたほどには僕を煩わすことはないと思うんだ。心配してくれる人がいることが分かれば、彼もきっと変わると思うよ。」

カーリンはもうどうしていいかわからなくなった。彼女はハルバーに、彼を愛していることを悟られないで次の動作をすることや、次の言葉を言うことはできないように思ったが、また、彼に何か返事をしなければいけないこともわかっていた。やがてハルバーは話すのを止めて、ただ彼女を見つめた。カーリンは、彼に近づいていき、軽く腕をたたいて唐突に「ハルバーに神様のお恵みがありますように。」と言った。「神様のお恵みがありますように。」彼女の注意深い行動にもかかわらず、ハルバーはあたかも啓示を受けたかのように素早く彼女の腕をつかんで彼の方に引き寄せた。「ダメよ、ダメダメ」彼女は叫んで腕を振りほどき家路を急いだ。

*****

イーロフはハルバーと一緒に暮らすようになった。夏の間中、彼は店の隣の寝室で寝ていた。ハルバーが彼の世話をした期間はそれほど長くはなかった。イーロフは秋に死んだ。彼の死後、スティーナ夫人はハルバーに言った。「私に一つ約束して頂戴。カーリンのことについては急がないでね。」「もちろん僕は我慢するよ。」ハルバーは自信なさそうに答えた。「彼女は7年待たされても一緒になる価値のある女よ。」しかし、ハルバーにとってそれは簡単なことではなかった。というのは、カーリンに言い寄るものが、次から次へと現れたことを知ったからだ。それは、イーロフの葬儀から2週間もたたないうちに始まった。ある日曜日の午後、ハルバーは店の前の階段に座って、道行く人々を眺めていた。すると、異常なほど大勢の着飾った者達が、イングマール農場の方に向かっていくのに気が付いた。最初の馬車にはベルグサナ鋳造所の検査官が、次の馬車にはカルムサンドの宿屋の息子が、そして最後は行政長官のベルガー・ヴェン・ぺルソンであった。彼は西ダレカリアで一番の金持ちであり、賢明で、人々から非常に尊敬されている人でもあった。彼は確かにもう若くはなかった。今までに2度結婚しており、今は2度目の独身生活を送っている。

ベルガー・スヴェン・ぺルソンの馬車が通りかかったのを見たとき、ハルバーはもう我慢ができなかった。彼は、飛び起きて道路に駆け下りたかと思うや、あっという間に橋を越えてイングマール農場のある向こう岸に立っていた。そして、「あの馬車たちがどこに行ったか見極めたいんだ。」とつぶやいた。彼は轍の後を追った。なかば駆け足で、しかしますます確信を持って。彼はスティーナ夫人の警告を思い出して思った、「馬鹿なことをしているのは解っているんだけど・・・。門のところまで行くだけだよ。奴らがそこで何をしているかを確かめるだけだ。」

イングマールの一番上等の部屋で、ベルガー・スヴェン・ぺルソンとほかの2人は座ってコーヒーを飲んでいた。イングマール・イングマールソンは普段はまだ学校に住んでいたが、今日は日曜日なので家にいた。彼も彼らと一緒にテーブルに座っていた。カーリンは、メイドたちがミッションハウスに校長の話を聞きに行っているので台所の仕事をしなければならないと言い訳を作って、弟にホスト役をさせているのだ。広間は退屈そのものだった。誰も言葉を交わすこともなく、ただコーヒーを飲むばかりであった。男たちは互いに全く面識はなく、3人はそれぞれ、どうやって台所に潜り込んで、カーリンと個人的に言葉を交わすか、そのチャンスを窺っているのだ。間もなくすると、入り口のドアが開きもう一人の訪問者が現れた。イングマールはその男を迎え入れ、テーブルに案内した。イングマールは新しい訪問者を、ベルガー・スヴェン・ぺルソンに紹介した。「こちらはティムズ・ハルバー・ハルバーソンさんです。」スヴェン・ぺルソンは座ったままハルバーに手を振って、いくらかふざけた様子で言った。「これはこれは、ご高名な方にお目に掛かれて光栄です。」

イングマールはハルバーが答えにしどろもどろしないようにガタガタと椅子をハルバーの方に引いた。ハルバーが部屋に入ってきた途端に、求婚者たちは打ち解けて、大声で話し始めた。それぞれ代わりばんこにお互いを称賛し、擁護しあった。それはあたかもハルバーをこのゲームから完全に追い出すまではとりあえず協力し合おうとしているようであった。「長官は、今日は素晴らしい馬で来られましたね。」と検査官が始めると、ベルガーは検査官が去年の冬、熊狩りをしたことを褒めて面白がった。それから2人は宿屋の息子に向かって、彼の父親が建てている建物を褒めた。そして最後に3人はベルガーの裕福さについて自慢した。彼らは雄弁に、ハルバーが彼等と対抗するには、いかにレベルが低すぎるかということを、あらゆる言葉を使って表現した。ハルバーは自分が全くつまらないものであることを思い知らされ、ここに来たことをひどく後悔した。

ちょうどその時カーリンが新しいコーヒーを持ってきた。ハルバーの姿を見て、彼女は一瞬顔を明るくしたが、夫が死んだ後、こんなにも早く彼女を訪ねてくるのはよくないと思った。「そんなに早く来たら、人々は、早く私と結婚できるようにするために、彼はイーロフにちゃんとしたケアを施さなかったんじゃないかと言うに違いない。」彼女は、人々にイーロフが死ぬのを待ちきれなかったと見られないためには、彼が来るのは2,3年待った方がいいと思っていた。「どうしてこんなに急いで来たんでしょう。私が他の誰とも結婚する気はないということをしっかり知ってもらわなくちゃ。」

カーリンが現れた瞬間に皆は話をするのを止めて、彼女とハルバートがどんな風に挨拶するか注目していた。二人は手を触れることもしなかった。それを見て長官は喜んでヒュッと短く口笛を吹いた。一方、検査官は高笑いをした。ハルバーは静かに彼の方を見て言った。「何がおかしい?」検査官は答えに詰まった。カーリンの前では攻撃的なことは何も言いたくなかったからである。宿屋の息子は遠回しに言った。「彼は、ウサギを追い立てて誰かに捕まえさせようとしている犬みたいだ。」カーリンは顔を赤くしながらカップにコーヒーを足した。「ベルガーさんも、皆さんもコーヒーで我慢していただかなくちゃいけませんわ。宅ではもう、どなたにもお酒はふるまわないことにしているんですの。」

「私の家でもそうなんですよ。」長官は賛同するように言った。検査官と宿屋の息子は黙り込んでいた。彼らはスヴェン・ぺルソンに大きなアドバンテージをとられたことを悟った。長官はすぐに禁酒と健康への効果について論説を始めた。カーリンは興味深そうに彼の意見を聞き、彼のいうことについていちいち賛同した。このような話をカーリンが喜ぶのを見て、長官はさらに酒と酔っ払いをなじる演説を延々と繰り広げた。カーリンは長官のような聡明な人とその点で共感できることを知ってとてもうれしかった。

ベルガーは独演をしている間に、コーヒーには手も付けず、むっつりと不機嫌そうにテーブルに座っているハルバーをちらっと見た。ベルガーは思った。「イーロフがこの世を去る前にちょっと手助けをしたという噂が本当だったとしたら、彼にとってこれはとてもつらいことだろうな。何はともあれ、彼はあのひどい酔っ払いからカーリンを救ったんだから。それは彼女にとてもよいサービスであったに違いない。長官はもうこのゲームに勝ったと思っているよう様で、ハルバーに対してもむしろ好意を感じていた。彼はコップを高く上げて言った。「ハルバー君に乾杯。君が飲んだくれの夫をカーリンから引き離してくれたのは、カーリンにとって本当にいい転機を与えてくれたよ。」

ハルバーは乾杯には応じなかった。彼はその男の目をじっと見て、このことをどう受け止めたらいいのかためらった。検査官はまた爆笑して、「そうだそうだ、全くいい転機を与えたよ。ハッハッハ。」「そうだそうだ、全くだ。」宿屋の息子もこれに同じてくすくす笑いした。カーリンは彼らが大笑いする前に台所のドアから影のようにこっそり抜け出した。しかしどんな話で盛り上がっているかはすべて聞こえてきた。彼女はハルバーの間の悪い訪問に気の毒に思うやら、困惑するやらであった。もしかするとこれでもうハルバートとは結婚できなくなるかもしれない。悪いうわさがまき散らされることは目に見えている。

しばらくの間、居間からは何も聞こえてこなかった。しかし間もなく椅子が引かれるような音が聞こえた。明らかに誰かが立ち上がった。「ハルバーさん、もう帰るんですか?」小イングマールの言うのが聞こえた。ハルバーは答えた、「そうだ、僕はもうこれ以上ここにはいられない。僕の代わりにカーリンにさよならを言っておいておくれ。」「台所に行って、ご自分で言ったらどうですか。」ハルバーの答えるのが聞こえた。「いや、僕ら二人はもう互いに話し合うことはないんだ。」カーリンの心臓は高鳴って、いろんな思いが頭の中を飛び交った。今や、ハルバーは彼女に対して怒っている・・・間違いなく。彼女は彼と握手することも出来なかった。みんなが彼をあざ笑った時も、彼を弁護するような意見を言うこともせず、こっそりと逃げてしまった。彼はもうカーリンは彼のことをもう好きではなくなったと思ったに違いない、そしたらもう永久に戻っては来ないだろう。どうしてあんなに彼のことを酷い扱いをしてしまったのかわからなかった・・・彼のことをこんなに好きなのに。すると突然父親がいつも言っていた言葉を思い出した。「イングマールソンは人の言うことを恐れてはいけない。ただただ神の示す道を歩かなくてはいけない。」

彼女は急いでドアを開け、彼が部屋を出て行かないうちに彼の面前に立って言った。「ハルバーさん、そんなに急いでお帰りになるのですか。一緒に夕食を食べていただけると思っていましたのに。」ハルバーは立ち止まって彼女を見つめた。彼女は全く別人になったようだった。彼女の頬は興奮で赤らんでおり、今まで見たことのないような、何か優しく人の胸に訴えるものがあった。ハルバーは彼女の言っていることが理解できていなかった。「僕は帰るよ。もう2度と来ないから。」カーリンは懇願するように言った。「お願いだからここに居て、コーヒーを召し上がって。」そう言って彼女はハルバーの腕をとって、彼をテーブルに連れ戻した。彼女は青くなったり赤くなったり、何度も勇気を失いかけた。それでも彼女はそれをやり遂げた。もうあざけりや軽蔑さえも恐れることはなかった。彼女は思った、「これで少なくとも、私は彼の傍に居たいのだということが彼に分かってもらえるでしょう」と。彼女は客人たちの方を向いて言った。「ベルガーさん、他の皆さん、ハルバーも私もこのことについて話したことはありません。なぜなら私が寡婦になってまだ幾日も経っていませんから。しかし、このことは皆さんに知って戴いた方がよいかと思います。私はこの世の誰よりもハルバーと結婚することを望んでいます。」彼女は声調を整えるためにちょっと間をおいて、こう結んだ。「人々はこのことについていろいろ噂をするかもしれません。しかし、ハルバーも私も、道に外れたことは何もしていません。」

カーリンはこう言い終えて、ハルバーの方に近寄った。それはあたかもこれから来るであろうあらゆる過酷な悪口中傷からの防御を求めているようであった。人々は、その時のカーリンが今までの中で一番若々しく、女らしく見えたことに驚いていた。ハルバーは感極まって震える声で言った。「カーリン、僕があなたのお父さんの時計を受け取った時、これ以上うれしいことは無いと思った。だけど、今君がしたことは、それをはるかに超えてうれしいことだ。」ベルガー・ヴェン・ぺルソンはいろんな意味で立派な紳士であったが、この時立ち上がって丁重に言った。「さあみんな、カーリンとハルバーを祝福しよう。イングマールの娘カーリンが選んだ男は、真に立派な男だと認めようじゃないか。」