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· 英語読書会

2016年11月の英語読書会

2016年11月の英語読書会では、Selma Lagerlöfの「Jerusalem Book And They Saw Heaven Open」を勉強しました。

 ミッションハウスが完成した年の春は、激しい雨が降った。それが山の雪を溶かし、雪解け水と一緒になった雨は、川となって山を駆け下り、地下から湧き出し、轍という轍を流れ、溝という溝を埋め尽くした。そしてすべてが川に流れ込んだ。そのためダル川の水位はどんどん上がり続け、非常な勢いで渦巻いて行った。それはいつものきらきら光る穏やかな様子ではなく、流れ込んできた泥水によって汚く茶色に変わっていた。渦巻く流れは丸太や氷の塊を巻き込んで恐ろしく狂暴に見えた。

 初め大人たちはこの春の洪水に、特に注目することはなかった。子どもたちだけが土手に上がり渦巻く川の流れや、流されていくものを見ていた。しかし、流されていくものは木々や氷の塊だけではなかった。やがて、洗濯場の桟橋や、水浴び小屋が流れてきた。それからまたボートや壊れた橋げたも流れてきた。子供たちは叫んだ。「もうすぐこっちの橋もやられるぞ!」彼らは少し不安だったが、同時に、何かすごいことが起こるかもしれないことを期待する喜びもあった。やがて、根こそぎになった大きな松の木や、枝の先に新芽をいっぱいつけたヤマナラシの白い木や、小さな干し草小屋がさかさまになって流れてきた。屋根が船の底のような格好で干し草や麦わらを積んで流れていくのを見るのはなかなか愉快なものだった。しかし、そのようなものが流れてくるようになると、さすがの大人たちも警戒し始めた。彼らは上流のどこかで川が氾濫したことを知って、家や家具を拾い上げるために棒や鉤竿を持って川岸に急いだ。

 教区の北の外れは家も少なく、人もまばらなところだが、そこでイングマールは一人で土手に立ち、川を眺めていた。彼はその時60歳になっていたので、とても年取って見えた。彼の顔は日に焼け、深い皺が寄っていた。腰は曲がって、相変わらず不器用で、頼りない感じであった。彼は長く重い鉤竿に寄り掛かり、ぼんやりとうつろな目で川面を見つめていた。川は荒々しく泡立って、岸辺からもぎ取った様々なものと一緒に傲然と流れていった。それはあたかも、「お前なんか、俺が持ち去っていくものを奪いとれるものなら取ってみろ。」と、農夫ののろまさをあざけっているようだった。イングマールは橋や、ボート小屋が岸近くに流れてきても取り上げようとはしなかった。「そんなものはいずれ下流の町の方に流れ着くだろう」と考えたからである。彼は一瞬たりとも川面から目を離さず、流れ去っていくものを全てチェックしていた。突然、はるか上流の方に壊れた家の壁板のようなものに乗った明るい黄色の物体が流れてくるのを見つけた。「ああ、わしはこれを探していたんだ。」彼は大声で叫んだ。最初はその黄色い物が何であるか定かではなかったが、ダレカリアの子供たちの服装を知っているものにはすぐに分かった。「あれは洗濯場で遊んでいた子供たちに違いない。桟橋が壊れる前に逃げなくてはいけないことに気が付かなかったんだ。」

 農夫の推測が正しかったことは間もなく分かった。今や、黄色い手織りの服の中に、丸い黄色い帽子を被った3人の子供が、壊れた桟橋の筏に乗って流れてくるのがはっきり見える。その筏は、急流と流雪で徐々に引き裂かれていく。子供たちはまだかなり遠くにいる。大イングマールは自分の敷地の辺りで川が曲がっていることを知っている。彼は、もし、神様が憐れんでくださるのなら子供たちの乗った筏をそこに導いてくれるだろう、そうしたら子供たちを岸に引き上げることができると思った。彼は立ち止まって筏をじっと見ていた。突然それは、誰かによって押されたかのように、ぐるっと回って岸の方に近づいてきた。子供たちは、もう、すぐ近くまで来ていたので彼らの恐怖に引きつった顔を見ることができたし、叫び声も聞くことができた。しかし、岸から鉤竿が届くにはまだ遠かった。彼は急いで川岸を降りて行って、川の中に踏み込んだ。

 その時、彼は誰かが戻って来いと言っているような不思議な予感がした。「お前はもう若くないんだ、イングマール。この仕事はお前には危険すぎる。」彼は一瞬考えた。この仕事は自分の命を懸けてやっていいものか?かつて刑務所から連れてきた妻は、この冬の間に亡くなってしまった。それ以来彼の願いは、すぐにでも妻の後を追いたいということだった。しかし、一方、まだ彼が面倒を見なくてはいけない息子がいた。彼はまだほんの子どもなので農場を任せることはできない。「どっちにしても、神様のみ心に従うまでだ。」大イングマールは、もはや臆病でものろまでもなかった。彼は川に飛び込むと、急流に流されないように鉤竿を川底にしっかりと刺して、流氷や流木を巧みにかわした。子どもたちを乗せた筏が十分近づいてきたとき、彼は川底に足を踏ん張って鉤竿を伸ばし、筏に引っ掛けた。「しっかり捕まっていろ!」彼は子どもたちに声をかけた。ちょうどその時筏は突然ぐるっと回り、板がぎしぎしときしんだからである。しかし、壊れた筏はバラバラになることはなく、イングマールはなんとか急流からそれを引き寄せた。後は流れに任せた。筏は自分で岸の方に流れていくことを知っていたからだ。

 鉤竿を川底に刺し、岸に戻ろうと振り返ったその時、彼は大きな丸太が彼の方に向かって流れてくるのに気が付かなかった。丸太は彼のわき腹を直撃した。丸太は物凄い力で当たったので、彼は水の中によろよろと倒れ込んだ。しかし、彼は鉤竿をしっかり持って、何とか岸にたどり着いた。岸辺に再び戻った時には、彼は胸がつぶれてしまったと感じたので、自分の体に触れてみる気力もなかった。そして突然口の中に血が込み上げてきた。「イングマールよ、もうお前は終わりだ!」と思って、土手に倒れこんだ。彼はそこから一歩も歩けなかったのだ。彼が助けた子どもたちは助けを呼んだ。そして、間もなく人々が土手に駆け付けて、大イングマールは家に運び込まれた。牧師が呼ばれ、その日の午後はずっとイングマール農場に留まった。

 牧師は帰り道、校長のところに寄った。彼が今日一日に経験したことを誰か理解してくれる人に話したいと思った。ストームとスティーナ夫人はひどく悲しんでいた。彼らはすでにイングマールが亡くなったことを聞いていたからである。一方、牧師の方はどちらかというと嬉しそうに校長の家のキッチンに入ってきた。ストームはすぐに、牧師が死に目に間に合ったのかと聞いた。「間に合ったよ。だけど今回、私の出番はなかったよ。」スティーナ夫人は聞いた。「どういうこと?」牧師は不思議な笑みをたたえて言った。「そうなんだよ。彼の場合、私なんかいなくてもよかっただろう。死の床に立ち会うのは時にはとてもつらいことだ。」校長はうなずいた。「まったくだ。」「特にそれが我々の教区の重要人物だった場合はなおさらのことだ。」「彼はまさにそのケースだ。」「しかし、事態は我々の考えとは全く異なることもあるのだ。」

 牧師はしばらく空を見つめて座っていた。メガネの奥のその眼はいつもより澄んで見えた。「ストロングさんやスティーナ夫人は、大イングマールがまだ若い頃に経験したという素晴らしい出来事について聞いたことがありますか?」校長は、もちろん彼について、素晴らしい出来事をいくつも聞いたことがあるといった。「だけど、この話はそれらの中で最も素晴らしい話だ。私自身は今日初めてそれを知ったんだけれど。大イングマールは、彼の農場の一角の小さな小屋に住んでいる仲良しの友達がいたんだ。」校長は言った。「私も知ってるよ。彼もまたイングマールという名前だが、区別するために、みんなは彼のことを強イングマールと呼んでいるよ。」牧師は言った。「そうだ、彼の父は彼の主人の家族の栄誉をたたえて息子をイングマールと名付けた。

 ある夏の土曜日の夕方、夜が昼と同じくらい明るい時、大イングマールと強イングマールは、仕事を終えた後、日曜日の正装をして町に遊びに出かけた。牧師はちょっと間をおいて、考え込んだ。そして続けた。「その夜は本当にきれいな夜だったんだろうね。静かで、澄み切っていて・・・天の色と、地の色が互いに交じり合って、天が明るい緑に代わると、地が白い霧に包まれ、全ての物をほのかな青白い色に染める。大イングマールと強イングマールが橋を渡って町の方に向かっていたとき、誰かに止まって上を見なさいと言われたような気がした。それで、彼らは上を見た。そして、天が開くのを見た。天が、まるでカーテンを左右に引くように開けられた。二人は手と手をつないでそこに佇んで天の栄光に見とれていた。スティーナ夫人やストーム君はこんな話を聞いたことがあるかい?」牧師は厳かな調子で言った。「二人は橋の上に立って天が開くのを見た、しかし誰にもそれを話さなかった。子供や身内の者にはそれを話したかもしれない。しかし他所の者には決して言わなかった。その光景は、貴重な宝物、究極の聖なる宝物として彼らの記憶の中にしまい込まれていた。」牧師はしばらく目を閉じて深いため息をついた。「私はこれまでこんな話は聞いたことがなかった。」彼はさらに話を続けたが、その声は少し震えていた。「私も大イングマールと強イングマールと一緒に橋の上で天が開くのを見たかったよ。」

 今朝、大イングマールが家に運び込まれるとすぐ、彼は強イングマールを呼びにやらせた。使いの者はすぐに小屋に彼を呼びに行ったが、強イングマールは家にはいなかった。彼は森のどこかへ薪を採りにいっていたので、なかなか見つからなかった。大イングマールは親友に会えないまま死んでしまうのではないかととても心配だった。最初に医者が来て、その後私が到着した。しかし、強イングマールはなかなか見つからなかった。大イングマールは我々の事にはほとんど関心がなかった。彼の容体は急速に悪くなっていった。そして、私に言った。『牧師さん、私はもう間もなく行くよ。だけど行く前に何とか強イングマールに会いたいものだ。』彼は居間から離れた小さな部屋の大きなベッドに横たわっていた。彼の目は大きく見開いており、誰にも見えない、どこか遠いところを見つめているようだった。彼が救った3人の子供たちはベッドの下で身をすくめていた。彼の視線は遠くをさまようのを止めることもあったが、そんなとき視線はいつも子供たちに向けられ、そして顔をくずして微笑むのだった。

 やっとのことで強イングマールが見つかった。大イングマールは、玄関の方から彼の重々しい足音が聞こえてくると、ほっとしたように子供たちから目を離した。強イングマールがベッドのわきに来ると、彼はその手を取って軽く叩いて言った。『わしら二人が橋の上に立った時、天が開いたのを覚えているかい?』強イングマールは答えた。『わしらは天国の光景を見たんだ、忘れたりするもんか。』それから大イングマールは顔を彼の方に向けた。顔はこれから重大なニュースを発表するかのように輝いていた。『わしはこれからそこに行くんだ。』強イングマールは彼の上にかがみこんでまっすぐ彼の目を見た。『わしも後から行くよ。』大イングマールはうなずいた。『だけどお前の息子が巡礼から帰ってくるまでは行くわけにはいくまい。』『そうさなあ。』大イングマールはつぶやいた。そして、数度深く息をしたが、誰にも気づかれないうちに行ってしまった。」

 校長と校長夫人は、牧師の話を聞いて、それは美しい死であったと思った。3人は長いこと沈黙のうちに座っていた。スティーナ夫人は突然訪ねた。「巡礼ってなんの事かしら。」牧師は困惑したように天を仰いだ。「私にはわかりません。大イングマールはそのことを話した後、すぐに亡くなってしまったので考える暇がありませんでした。」彼は考え込んだ。そして、半ば独り言のように言った。「まったく不思議な話ですよねえ、スティーナさん。」「あなたはもちろん、強イングマールは未来を見ることができると言われているのをご存知ですよね。」スティーナ夫人は牧師の問いかけに話を合わせて言った。牧師は自分の考えをまとめようとして額を手でさすった。「天の神様のやり方は人が持つ有限の知恵では解き明かすことができない。私にはそれを図ることはできない。しかし、それを知ろうと努力することはこの世で一番楽しいことだ。」

 次回は12月4日(日)14:00~「Book Two “Karin, Daughter Of Ingmar”」を読みます。大イングマールが逝去した後、娘のカーリンは幼い弟を学校に連れてやってきた。そこで、元カレと偶然出会う。その元カレとは結婚予告が発行されるところまで順調に来ていたのだが、あることがきっかけでカーリンは彼を拒絶してしまった。

 会の進行は特に当番を決めていませんので、どなたでも、いつからでも気軽に参加できます。2人のnative speakerがサポートしてくださいます。テキストが入手し難い状況にあり、ご迷惑をおかけしておりますが、kindle版、iBook版がご利用いただけます。また当日の対訳コピー(完全なものではありませんが)を用意させていただいていますのでお気軽にご参加ください。

(by Hide Inoue)