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· ルター

「マルティン・ルターによる一日一章」から2/5

2月5日

わたしは信じる。それゆえわたしは語る。「わたしはひどく苦しめられている」と。

(詩編116:10/ルター訳)

 もし、あなたが信じるなら、それによてあなたの心は、神において微笑んで自由になり、確信に満ちて大胆にならないはずがない。そこで、あなたの愛は外へ吹き出し、出来ることを誰に対してでも行い、出来る場所でこの真実を説き語り、この教えに沿って説かれていないことや、生かされていないことをすべて斥ける。

 すると見よ、悪魔はこのようなことを聞こうとも見ようともしないで、あなたの前に彼のものを強引に持ってきて、偉大なもの、学識あるもの、豊かなもの、力強いものすべてを見せつけて、あなたを異端者や、向こう見ずな人間にしようとする。見よ、そこであなたは、主キリストと同様に、真理のために十字架のもとに来て極みまで辱められ、からだ、命、財貨、名誉、友、あらゆるものが、あなたがキリストによってこの命から永遠の命へと移されるまでに危険にさらされる。

 しかしなお、あなたは、そのあいだずっと快活に振るまい、すべてを喜んで耐え、よく判断し、彼らともまた気持ちよく接するようにしなければならない。あなたもまた以前には神の前で、今の彼らのようであったのだと常に思いながら。(『慰めと励ましの言葉ーマルティン・ルターによる一日一章』)

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『沈黙』を読み返し、映画を観、考えさせられた。強引に示されるばかりか、こちらがその価値観を強引に示すこともあろうかと。喜び溢れる姿に憧れを抱かれるような歩みのため、人の苦しみに寄り添い続けるキリストの温もりから離れまい。(N)

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