· 宗教改革500年,ルター,聖書

マルティン・ルターの言葉(12/17)

12月17日 貧しい人は福音を告げ知されている。(マタイによる福音書11:5)

 モーセの国もまた、私たちの主なる神の国であり、彼が行った説教は神のことばである。この世の統治を神の統治と呼ぶことができるのと同様に。しかし、それは、単に「左手の国」であって、そこで神は、父、母、皇帝、王、裁判官、死刑執行人などを任命して、彼らに統治を命ぜられる。しかし、「右手の国」は、神ご自身が治められ、父母、支配者、処刑人などを置くことを許されず、神ご自身がおられて、福音が貧しい人々に説教されている。

 それゆえに、あなたに関するかぎり、「私は自分にできることをした」、とあながたが言うあなたの義はもう役に立たないことを学びなさい。しかし、役に立たないところから、どのようにして抜け出すのだろう。あなたは、さらにこう言わねばならない。「王である私たちの愛する主イエス・キリストは、誰もまねることのできない六種類の奇跡を持っておられることを聞いた。そのうちの一つが、貧しい人々に福音が語られていることであり、そこで打ち砕かれた心を慰めるように指示されている。だから、ひるんだり絶望したりしないように。恵みと慰めの神の約束はみな、キリストにおいて、キリストを通して与えられ、差し出されている。だから、信ずる者にはすべての罪は赦され、律法は満たされ、良心は解放され、最後に永遠の命が与えられるはずである」と、

 どのようにして貧しい悲嘆にくれた心、患っている良心が、慰めの言葉と約束を聞くことができるのか。貧しい心が、神の約束によるこのような慰めを受け入れ信じるときに、罪も死も地獄も世も悪魔もすべての悪も侮られる。貧しい人に福音が宣教されることに比べれば、目の見えない人が見えるようになり、死人が呼び起こされるのはまったく用意なことなのである。

(『慰めと励ましの言葉ーマルティン・ルターによる一日一章』)

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