· ルター,宗教改革500年,聖書

マルティン・ルターの言葉(10/15)

10月15日

「まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます。わたしを贖ってください。」 (詩編31:6)

 もし、神が、私たちに死後の命を見せてくださるか、または、私たちの魂が、どこへ踏み出し足を下ろすのか、どこへ立ち去ってとどまることになっているのか、その場所や期間、過程や方法を示してくださるとしたら、死は苦いものではなく、両岸に頑丈な足場が見えており触れることもできる浅瀬の上を飛び越えるようなものであろう。 

 しかし、今、神は、私たちにどちらも示してはくださらないので、私たちは頑丈な足場であるこの命の川岸からあの深淵の中へ飛ばなければならない。ちょうど船上から海へ投げ込まれたヨナが、足場に触れることもできず、あらゆる被造物から見捨てられ、神の包容に向かってのみ突き進んで行ったように、それは感じることも見ることも足を下ろすこともうめくこともできず、神の救いと包容に向かって開かれているのである。(すなわち、神は、私たちにその深淵についての知恵を与えるのを差し控えておられる。死において、それが私たちの前に飛び出して来ることが肝要だからである)。

 たとえ私が悪魔にのどもとを押さえられても、このみことばをつかむことができるなら、私は再び出て来て、このみことばのとどまるところにとどまらなければならないのである。

(『慰めと励ましの言葉ーマルティン・ルターによる一日一章』)

神頼みしか残されていないような窮地に立たされる時、感謝したい。最も真摯に神を求め、ゆだねることができるのだから。(N)

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