マルティン・ルターによる1日1章から。

1月22日

イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。(マタイ福音書9:9)

 イエスが、さげすまれている者や罪人を使徒に選ばれたことには、とても大きな慰めを与えられる。それは、彼らが高い任務のために傲慢にならないように、また罪人の誰もが、キリストに不信を抱いたり、絶望したりすることのないためであった。

 しかし、今、聖堂の最も高い位置に、また聖徒の集会の最も奥に座っているのは、いったい誰であろうか。まさしくそれは、途方もない大罪人であり、取税人であり、自分たちの「義」によって、地獄のまん中に座るのがちょうどよいはずの者たちである。このようなわけだから、たとえ私が罪人であるにしても、ペトロには、私を侮ったり、私に対して自分を誇ることのできる根拠はない。なぜなら彼には過去に遡って考える理由があるからである。すなわち彼は罪人の仲間であったし、大きな罪を犯してもいたのだから。

(『慰めと励ましの言葉ーマルティン・ルターによる一日一章』)

取税人は自らを神と崇めることを求めていたローマ皇帝にも仕える仕事ゆえに罪人と呼ばれ、人々から蔑まれていたようだ。でも、取税人だからとか、いい人なのに苦しめられていたからではなくて、神に助けられなくては生き得ないと救いを求める人に、信じていても悩む人に、イエスは特に手厚く関わり、「従いなさい」一緒に生きようと呼びかけてくださる。(N)

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