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· 英語読書会,本郷教会

英語読書会へどうぞ

毎月一度、開かれている英語読書会。

次回は5月7日(日)14時~16時に行います。

Selma Lagerlöf「Jerusalem Book Two “Wild Hunt”」を読みます。

2017年4月の英語読書会では、の「Jerusalem Book Two “In Zion”」を読みました。

異端的な思想からの守りの砦として作ったミッションハウス「シオン」であるが、校長の目論見と違って、人々は古い殻を破り「自由」を求めて行動を始めます。

 旧い田舎では、校長というものは、時には少しばかり自己中心的であったりすることは珍しいことではない。彼は生涯を通じて、同胞に知識と助言を与えてきた。村人たちは皆、彼の教えに従って生き、校長の教えたこと以上のことは何も知らないことを彼は知っていた。だから、どんなに大人になっていても、彼は教区の人々を自分の生徒のように扱うのは当然のことだ。自分が誰よりも賢いと思うのは極めて自然のことだ。普通の学校の先生にとって、どんな人でも無垢で大きく開いた目や、えくぼのある子供に見えてしまうので、人を大人として扱うことは、きわめて困難なことらしい。

 ある冬の日曜日、礼拝の後に、牧師と校長は聖具室で立ち話をしていた。話は救世軍の事に及んだ。「あれはなんとも奇妙な考えだね。生きているうちにあんなものを見るとは思はなかったよ。」牧師は答えた。校長は鋭い目で牧師を見た。牧師の意見は全く見当違いだと思った。確かに牧師はそのような馬鹿げた改革運動がこの教区に入ってくるなどと思うはずはなかったでしょう。「私だってあなたがそんなものに出会うとは思ってもみませんでしたよ。」ストームは力を込めて言った。

 牧師は、自分自身弱くて気力のないものだと分かっているので、校長には彼の好きなようにさせてきたが、それでも、時にはからかってみたくなるのだ。「どうして我々は救世軍から逃れられると君は確信しているんだい、ストーム君。牧師と校長が一緒になって対抗すればそんなものが大挙して押し寄せてきたって心配することはない。だけどストーム君、君が私と同じ意見かどうか、私は確信がないんだ。君は君の『シオン』で、君の考えで説教をしているだろう。」これには校長はすぐには答えなかった。しばらくして彼は細々と言った。「あなたは一度も僕の説教を聞いたことがないでしょう。」

 ミッションハウスは正につまずきの石であった。牧師はそこには一度も足を踏み入れたことはなかった。だから今、このような話題になってしまったことで、二人はお互いの感情を傷つけるようなことを言ってしまったことを後悔した。「たぶん私はストーム君に対して公正ではなかった。」と牧師は思った。「この4年間、日曜日に、彼が午後に『聖書について話す会』を持つようになって以来、朝の礼拝には以前にも増して多くの人が集まるようになったし、私には教会の中に不一致があるような兆しは少しも見えなかった。ストームは私が恐れていたように、教区を破壊することもなかった。彼は忠実な友人であり、しもべである。つまり、私は彼にとても感謝しているのだ。」

 午前の小さな誤解を解くべく、牧師は校長の午後の集まりに出席することになった。「私が彼のシオンに行って彼の説教を聞いてあげたら、ストーム君はきっと喜ぶだろう。」と牧師は考えた。ミッションハウスへの道すがら、牧師はそれが建設されたときのことを思い返していた。如何にその空間は予言の言葉に満ちていたか、いかに彼は神がそれをなにか偉大なものとするであろうことを固く信じていたか。しかし、それ以上のことは何も起こらなかった。「わが神は心を変えたに違いない。」と、わが神についてのそのような妙な考えを面白がっていた。

 校長の「シオン」は明るい色の壁に囲まれた大きな広間であった。両側には毛皮の飾りをつけたマントを纏ったルターとメランヒトンの彫像がかけられていた。天井近くの壁には、花と、天使のトランペットとバスーンで縁取られた聖書の言葉が、明るい光で照らし出されていた。部屋の正面の演台の上には「良い羊飼い(イエスキリスト)」を表す石版画が飾られていた。

 大きな広間は人でいっぱいであり、それは、荘厳な雰囲気を作り出すために必要不可欠の要素に見えた。多くの人はその教区特有の一風変わった華やかな農民の装いであった。婦人たちの糊のきいたフレアのついた白い被り物は、まるで大きな白い羽の鳥のようだった。

 ストームはすでに話を始めていたが、牧師が通路を入って来て、前の列の席に座るのを見た。校長は思った、「ストーム、お前はすごいやつだ。全てがお前の方にやってくる。今日は牧師までお前を称賛しに来たぞ。」

 校長は会の中で、聖書の全編にわたって説明していた。この日、彼は黙示録に書かれている天のエルサレム(黙示録21:1‐3)と永遠の喜びについて話した。彼は牧師が来たことがとてもうれしくて、「自分にとって、未来永劫いつまでも演台に立ち、善良で従順な子供たちを教えることは、それに勝る望みはない。そして、時には今日牧師が聞きに来たように、主自身が私の話を聞くために立ち寄ったりすることがあるなら、わたしの喜びは天国にいる人に勝るものだ。」と一人思うのだった。

 校長がエルサレムの話を始めると、牧師はとても面白いと思い始めた。そして、遠い昔に感じたことのある奇妙な不安が再び彼の頭をよぎった。説教のさなか、ドアが開いて、大勢の人が入ってきた。その数は20人ほどであった。彼らはミーティングをディスターブしないように戸口のところで止まった。牧師は思った。「ああ、何かが起きようとしている。」

 ストームが「アーメン」というや否や、戸口の下の集団の中から「私もにも是非一言わせてください。」という甲高い声が聞こえた。「あれはヘック・マット・エリクソンに違いない。この教区に、あんな甘ったるい子供のような声を出すのは彼しかいない。」牧師も周りの人もそう思った。

 次の瞬間、温和な顔つきをした小柄な男が、彼を支持し、応援するために来たと思われる大勢の男女を連れて演台に上がってきた。牧師も、校長も、そこにいた人みんなも、何が起こるのかと思ってそこに座っていた。「ヘック・マットは何か恐ろしい禍を告げに来たに違いない。」とみんなは思った。「王様が死んだとか、戦争が布告されたとか、どこかの貧しいものが川に落ちて溺れて死んだとか。」しかし、ヘック・マットは悪いニュースを伝えに来たようには見えなかった。彼は非常に熱心で、何かに興奮しているようであったが、同時にとてもうれしくて微笑まずにはいられないといった様子であった。

 「私は、校長先生や皆さんにお話ししたいのです。」と彼は切り出した。「先々週の日曜日、私は家族と一緒に家にいました。その時、聖霊が私に下ったのです。そして私はそこで説教を始めました。ストームさんにそのことを話したかったんですけど、氷雨がひどくて来られませんでした。だから私たちは神様の言葉を聞きたくてそこに座っていました。するとたちまち私は自分で話せるようになりました。私は2度の日曜日に説教をしたんです。私の家族も、近所の人たちも、みんなここにきて、みんなに聞いてもらいなさいと言いました。」ヘック・マットはまた、自分のようなつまらない人間に説教の能力が与えられたことに驚いていると言った。「校長先生だって、もとはただの農夫にすぎなかったじゃありませんか。」といくらか強調して付け加えた。

 こんな前置きをした後、ヘック・マットは両手を広げてすぐに説教を始めようとした。しかし、初めの驚きのショックから我に返った校長は言った。「ヘック・マット君、君は今ここで、すぐに説教を始めるつもりかい?」男は、「そうです。そのつもりです。」答えたが、ストームに睨まれて、子供のようにびっくりした。「もちろん最初に校長先生のお許しをいただいてそれから話すつもりでした。」男はどもりなから言った。「今日はもうすっかり終わったんだ。」ストームはきっぱり言った。

 すると純情な小男は涙声で嘆願した。「ほんのちょっとだけ話をさせていただけませんか。私は犂を押したり、炭焼きをしているときに思いついた言葉を話したいだけなんです。それらは、今聞いてほしくて仕方がないんです。」しかし校長は、自分としては素晴らしい勝利の一日を過ごしてきたにもかかわらず、この哀れな小男に哀れみを掛けることはなかった。彼は、「マット・エリクソンは自分で考えた奇妙な考えを持ってきて、それを神のメッセージだと言い張っている。」と非難して言った。ヘック・マットは敢て逆らわなかった。校長は讃美歌を開き、「皆さんで讃美歌187番を歌いましょう。」と言った。続いて讃美歌を大声で読み上げ、可能な限り大声で歌い始めた。「いま、汝らの門はエルサレムに向けて開かれた」

 歌いながら彼は思った。「何はともあれ、今日たまたま牧師が来てくれたのは良かった。これで彼は私がこのシオンの中の秩序を如何にうまく保っているかがわかっただろう。」しかし、讃美歌が終わるや否や一人の男が立ち上がった。それは誇り高く威厳のあるリュング・ビヨルン・オラフソンだった。彼はイングマール家の娘の一人と結婚し、教区の中心部に広大な農場を持つ男だ。彼は、「私たちは今思うんだけど、校長先生はマット・エリクソンを引き下ろす前に私らの希望を聞くべきじゃなかったんでしょうか。」と、穏やかに抗議した。「おや、君はそんな風に思うのかい。」校長は生意気な若造をしかりつけるような口調で言った。「言っておくけど、このホールの中では、私以外に発言権はないんだ。」

 リュング・ビヨルンは赤面した。彼はストームと口論しようとしたのではなく、か弱いヘック・マットが受けたショックをやわらげてやりたいと思っただけだ。彼もまた校長の返答に悔しいと思い、言い返そうとした。その時ヘック・マットと一緒に来た男が言った。「私はヘック・マットの説教を2度聞いたことがあるが、彼は素晴らしい才能がある。私はここに居る皆さんも、きっと彼の言葉に力づけられると思います。」校長は楽しそうに、しかし生徒たちに諭すように言った。「分かるだろう、クリスター・ラーソン君、私はそんなことは許せないんだ。もし私がヘック・マットに今日説教することを許したとしたら、クリスター君、君は次の日曜日に説教したいと思うだろう。リュング・ビヨルン君はその次の日曜日に。」これには幾人かから笑いの声が上がった。しかし、リュング・ビヨルンはすぐに鋭い反論をした。「どうしてクリスターや私は、校長と同じように説教する資格がないのか、理由がわかりません。」この時ティムズ・ハルバーが立ち上がって、みんなを静め、ひどい口論にならないようにしようとして言った。「新しい説教者に話をさせるかどうかは、このミッションハウスの建設と運営に資金を提供したものに相談すべきではないか。」

 その時、クリスター・ラーソンが再び立ち上がって言った。「このホールを建てるとき、ここは誰でも自由に話せるミーティングハウスであり、教会のようにただ一人だけが話すことを許された場所ではないということをみんなで約束したことを覚えているよ。」クリスターがこういった時、誰もが自由に呼吸し始めたように見えた。ほんの一時ほど前までは誰も校長以外の人の話を聞こうなどとは思ってもいなかったのだ。今や、何か今までと違うことを聞けることはとても良いことだと思うようになった。「私らは何か新しいものを聞きたい、講壇の上にも新しい顔を見たいものだ。」と誰かがつぶやいた。

その日、ブレット・グンナーがいなかったらそれ以上の混乱は起きなかっただろう。彼はティムズ・ハルバーの義兄で、背が高く、痩せて浅黒い肌と鋭い目つきの男だ。グンナーは皆と同様、校長のことが好きだった。しかしそれ以上にもめ事が好きだった。グンナーは言った。「この家を建てるとき、自由についてずいぶん話したが、開校して以来一度も進歩的な言葉は聞いたことがないよ。」

 校長は顔色を変えた。グンナーのこの言葉は初めての具体的な敵意や反感の証しであった。「思い出してくれよブレット・グンナー、ここで君はルターの教えた真の自由について聞いたんだよ。ある日突然現れて、翌日には地に落ちるような新思想による説教など許可するわけにはいかないよ。」グンナーはなだめるように、また半分残念そうに言った。「校長は、どんな新しいものでも、教理に触れるものは、そのとたんに価値のないものとなると我々に思わせようとしている。彼は、家畜の飼育方法についてとか、農機具などについては、我々に最新のものを採用することを認めるが、神の土地を耕すことについてはどんな新しい方法も認めようとしない。

 ストームは、ブレット・グンナーは口ほどには悪くないと思い始めた。校長はちょっとふざけた口調で言った。「君の意見では、ここではルターの教えと違うものを教えろと言うことかな。」グンナーは怒鳴った。「新しい教義を教えろという問題じゃなくて、誰に話をしてもらうかということだ。私の知る限り、マット・エリクソンは校長や、牧師と同じくらいルターの信仰者だ。」この時校長は牧師のことをすっかり忘れていたが、改めて牧師の方を見下ろした。牧師は杖の先に顎を載せて静かに物思いにふけっていた。その眼には奇妙な輝きがあり、視線をそらすことなくじっとストームを見つめていた。

 校長は思った。「こんなことなら、今日は牧師なんか来なければよかったのに。」この出来事で、ストームは以前経験したあることを思い出した。それは学校でもこんなことがよく起こった。明るい春の朝、小鳥が学校の窓の外にとまって、やかましくさえずり始めると、子供たちは一斉に、「授業を止めて遊びに行きたい」と懇願し始めるのだった。彼らは授業を放り出し、がやがやと騒ぎ立てるので、それを静めるのはほとんど不可能であった。ヘック・マットがこの集会に現れて、同じようなことがここでも起きたのだ。しかし、ここで校長は牧師や会衆に対して、自分は反論できるのだということを示そうと思った。「とりあえず、彼等をそのままにして、首謀者には言いたいことを言わせておこう」と思って、水差しの置いてあるテーブルの後に座った。

 その途端に再び反論の嵐が襲った。そのころには、誰もが校長と同じくらい説教がうまいという考えに染まっていた。「どうして彼だけが信じていいものと、信じてはいけないものを教えることが許されるのか。」このような考え方は、大方の人たちには目新しい物であったと思われるが、しかし、話を聞くと、校長がミッションハウスを作って、平凡な普通の男でも神の言葉を話すことができることを示した時以来、それは彼らの心の中に芽生えていたということが明らかになったのだった。

しばらくしてストームは自分に言い聞かせた。「子供たちの騒ぎはそろそろ終わるに違いない。いまこそ誰がここの主人であるかを示す時だ。」そして、すぐに立ち上がってこぶしでテーブルを叩き、大声で言った。「やめなさい。この騒ぎは何ということだ。私は帰る。君たちも帰りなさい。明かりを消して鍵を掛けるから。」数人の者は立ち上がった。彼らはみなストームの学校の生徒だったので、彼が机をたたいた時は命令に従わなければいけないということを知っていたからだ。しかし、大多数の者はじっと座っていた。一人が言った。「校長は、我々はもう大人になったってことを忘れている。」もう一人が言った。「机をたたけば我々は立ち去るものだとまだ思っているようだ。」彼らはまさに誰か新しい話し手がほしいという話の中で、誰を呼ぼうかと話し合っているところであった。彼らはすでにワルデンシュトロマイトから呼ぶのがいいか、福音教会連盟の聖書行商人がいいかというような議論をしていた。

 校長は立ち尽くして会衆を見ていたが、それは何か邪悪で奇怪なもののように見えた。これまでそれぞれの人を子供だと思っていたが、今や赤ちゃんのようなふくよかな頬っぺたや、柔らかくカールした髪の毛や、穏やかな目は皆どこかに消えてしまって、只々大人の堅く引き締まった顔が見えるばかりだ。彼はそのような人たちをコントロールすることは無理だと思った。彼らに何と言ったらいいのかもわからないのだ。

 ざわめきは続いた。そしてますます大きくなった。校長は彼らを荒れたままにして動かなかった。ブレット・グンナー、リュング・ビヨルン、そしてクリスター・ラーソンが攻撃をリードした。もとよりそんなつもりは毛頭なかったのに騒動の発端となってしまったヘック・マットは、度々立ち上がって彼らに静かにするように懇願したが、誰も彼の言うことを聞いてはいなかった。

 校長はまた牧師の方を見下ろした。彼は相変わらず静かに物思いにふけっていたが、その眼を以前と同じように輝かせてじっとストームを見つめていた。ストームは思った。「彼はきっと4年前の夜、自分がミッションハウスを作るのだと言った時のことを思い出しているのだろう。彼はやっぱり正しかったんだ。全てが彼が予言したとおりに、異説と、反乱とそして分裂が起こった。たぶん私が自分のシオンを作らなかったらこんなことにはならなかっただろう。」

 このことをはっきり理解した校長は、頭を上げ、背筋をまっすぐにして立ち上がった。彼はポケットから磨かれた鉄でできた小さな鍵を取り出した。それはシオンに入る鍵であった。彼はそれをホールのどこからでも見えるように光にかざした。「諸君、私は今、この鍵をテーブルの上に置く。私はもうこの鍵に触ることはないだろう。なぜなら、これは、私が防ごうとしていた全てのものへのドアをあけてしまったことが今分ったからだ。」校長は鍵を置き、帽子をとり、まっすぐに牧師の所に歩いて行って言った。「牧師さん、今日私の話を聞きに来てくれてありがとう。今日来なかったら、私の話はもう2度と聞くことはなかったでしょうから。」

(by Hide Inoue)